ここ数日、スクリャービンという名前をラジオやテレビでよく耳にした。それは「3.11東日本大震災後の15年」としてNHKが企画した特集の一つ、釜石出身で奇跡的に家族全員で難を逃れ、震災後に作曲家スクリャービンの作品に出会ったことでピアニストとなる決意ができたという小井土文哉に焦点をあてた特集だったようだ。
クラシックファンでもない一般人に、作曲家スクリャービンが大々的に日本中に紹介された瞬間であり、ピアニスト小井土文哉と共にこの作曲家に興味をもった人も大勢いるかも知れない。帝政ロシア末期から20世紀初期に活躍した作曲家でピアニスト、このスクリャービンという名を初めて私が知ったのはピアニスト・イリーナメジューエワのCDで楽興の時〜スクリャービン&ラフマニノフ(2009年若林工房)だった。
1997年はイリーナ メジューエワが日本を本拠地と決めロシアから来日した年で、東京文化会館でデビューした年だ。彼女は日本での生活を始めてまもなく30年あまり、日本文化を深く理解し愛する人でもある。我が家のCD収納棚の中はイリーナ メジューエワのCDが49枚も収められている。そのCDの中からは、17年前あたりから彼女が日本では一般的に知られていないロシアの作曲家の紹介に力を入れていたことがわかる。それがスクリャービンとメトネルという二人の作曲家でありピアニストだ。
イリーナ メジューエワは2025年に1925年製のNYスタインウエイを使用し、収録した全曲スクリャービンの音源をスクリャービン作品集(2026年日本ピアノサービス)として、すでにCD化し販売している。今年の6月7日(日)には、一度は行ってみたいと思っている岐阜のサラマンカホールで、イリーナメジューエワの演奏で全ショパンのリサイタルが開かれる。そのショパンは、スクリャービンに多大な影響を与えた作曲家として知られている。
今年の秋には、 イリーナ メジューエワに1899年製の忘れられた眠れるスタインウェイを使用してもらい、尾道でのリサイタルを是非とも実現したいと路地ニャン公は考えている。

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