2021年建築家・佐藤武夫設計の千光寺山展望台が尾道から姿を消した。1957(昭和32)年6月に大宝山(通称:千光寺山)山頂に建てられ、64年の間、多くの人々が尾道の風景を楽しんだ狎れ親しんだ建物だった。そして2022年、建築家・青木淳設計の新たな展望台が完成した。
1957年から1959年まで日本建築学会の会長でもあった佐藤武夫は、建築家として次のような言葉を残している。
2021年建築家・佐藤武夫設計の千光寺山展望台が尾道から姿を消した。1957(昭和32)年6月に大宝山(通称:千光寺山)山頂に建てられ、64年の間、多くの人々が尾道の風景を楽しんだ狎れ親しんだ建物だった。そして2022年、建築家・青木淳設計の新たな展望台が完成した。
1957年から1959年まで日本建築学会の会長でもあった佐藤武夫は、建築家として次のような言葉を残している。
瀬戸内の魚介類や野菜を目の前で揚げる串カツ「一口」の店主は、職人気質の山本明次さん。大阪から尾道に移り住み、この店を始めたのが1964(昭和39)年というから半世紀は過ぎてしまった。そして、2018年12月7日に今風の新店舗に移転し、親子孫の三代の揃い組で「一口」を盛り立ててこられたが、その初代山本明次さん(87歳)が2022年6月24日に他界されたという。大変、お世話になった人だけに、ことさら残念だ。初代山本明次さんの旧店舗での記憶を辿り、
少しばかりの拙文を認めたのでお目通しいただければ幸いだ。
鳥取県にるのは、はわい温泉(旧称:羽合温泉)。尾道にあったのはハワイ温泉で創業が1973頃。一年という短い期間で、その後は業態変化で今でいうラブホテル。しかしそのホテルも3〜4年も続かなかったらしい。今ではアイビースタイルの廃墟として半世紀という長寿を全うし、まだまだ健在...... だが、1970年代のコンクリート建築は海砂を使っているので耐震性が極めて悪い。どうしたもんでしょうかね。時代錯誤最先端を行くスクラップ&ビルドがお得意な尾道市だから妙案が出てくるのでは......。
ハワイ温泉の廃墟について詳しいのは、このページです。