2020年8月2日日曜日

10年前に撮った「いのうえお好み焼き」の動画


10年前に撮った動画「いのうえお好み焼き」には、COVID-19で新しい生活様式を求める2020年の世界とは真逆な密なる人々の生活様式が展開されていた。
願わくば、1年先には、再び尾道的な密なる生活様式が戻ってくることを願うばかりだ。
そんな遠い過去かと錯覚するような10年前のお好み焼き店の日常風景を垣間見るには、このページをご覧あれ。

2020年8月1日土曜日

京都洛北の正伝(禅)寺の鶯


三年ぶりに正伝(禅)寺の静寂の中で、美しくさえずる鶯の鳴き声を皆さんでリモート体験できるようにした。これは吾輩の主人のたっての願いだった。当時の吾輩は主人が撮影した動画をどのようにYOUTUBEにあげて、WEB SITEに上げるのかチンプンカンプンで吾輩はほったらかしにしていたのだが、家に篭ることが多い昨今の皆さま状況を考え、頑張ってみた。
デビッド・ボウイが、どの季節にここを訪れたのか吾輩は知らないが、吾輩の主人は三年前の6月にこの寺を訪ね、幸運にも鶯の鳴き声に誘われた奥深い静寂の中で、きっと至福のときを過ごしたに違いない。さあ、皆さんでこのページでそのリモート体験をしてみてはいかが

2020年7月31日金曜日

小さな庭の六月の花たち


中国武漢で新型コロナウイルス(COVID-19)が発生したというニュースを耳にして、暦ではもう7ケ月くらいが過ぎてしまったらしい。まるで時間という存在が別の世界に姿を隠し、薄っぺらの今だけが吾輩と共にあり、吾脳細胞は思考停止状態にあるようだ。
吾輩の額より少しばかり広いけれど、小さな庭に咲いていた筈の5月の花たちはとっくの昔に姿を消し、6月の美しい花たちも紹介するという約束を7月の終わりになって、何とか果たそうと悪戦苦闘だ。そんなわけで、WEB SITEは7月30日には公開できたのだが、SNSに流すエネルギーは少々不足という判定が吾が脳細胞が発したので、快く従い眠りについた。一夜明けてやるべきことをやり、終わったみると太陽はとっくに沈んでいた。7月中には皆さんの前にお披露目しなくてはと、やっとこの時間(7月31日午後9時過ぎ)になって頑張っている。
前置きがいつもの如く長くなったが、その6月に咲き誇った美しい花たちはこのページで皆さまをお待ちしていますぞ。

JTB総合提携店(JTB代理業)株式会社ビサン ゼセッション8月の臨時休業と営業日のご案内


新型コロナウイルス(COVID-19)の影響を受け、弊社も未曾有のリスクに晒されております。そのため、会社の持続を可能とするあらゆる手立てを模索する毎日ではありますが、一つの方法として、今年の3月以降から現在まで営業日を大幅に減らし、実質休業状態が続いております。
このたび、国のG0 TOトラベル キャンペーンが7月22日に開始されて以降、残念ながら全国的にCOVID-19感染拡大の傾向にあります。
弊社では、引き続き8月も基本的に週3日(月、水、金)の営業を行います。そのため、店舗内のウイルス対策として、さらにお客様にご安心してご来店いただけるよう、新たにプラズマクラスター付き空気清浄機も設置いたしました。その状況と、8月のスケジュールにつきましては、このページをご覧ください。

2020年7月23日木曜日

京都洛北の正伝(禅)寺


今から三年前、二つの目的で京都を訪れた。ひとつは、素敵なピアニストのイリーナ・メジューエワのリサイタル、もう一つは洛北の地にある正伝寺(正伝禅寺ともいう)を訪れることだった。この寺は、デビッド・ボウイが涙した寺だという。この寺の素晴らしさも言葉では伝えられるものではない。6月の鶯の澄み渡る鳴き声は、ちゃんと収録しているので、いずれ皆さんにもお聴かせするつもりだ。
この寺をご紹介できるページはここです。

2020年7月11日土曜日

JTB総合提携店ビサン ぜセッションの臨時休業日と営業日ご案内


新型コロナウイルス(COVID-19)の影響を受け、観光関連企業は大変なダメージを受けていることはご周知のこと。JTB代理業の(株)ビサン ゼセッションも未曾有のリスクに晒されております。そのため、会社の持続を可能とするあらゆる手立てを模索する毎日ではありますが、一つの方法として、今年の3月以降から現在まで営業日を大幅に減らし、実質休業状態が続いておりました。
このたび、国のGo toキャンペーンが7月22日より開始されるとのことで、弊社は7月20日より7月31日の間(土日の定休日、祝日を除く)、試験的に平日を営業日にいたします。
8月以降のスケジュールは現在のところ未定ではありますが、店舗内のウイルス対策は十分に行っております。その状況と、7月のスケジュールにつきましては、このページをご覧ください。

2020年7月7日火曜日

天狗寿司


明治10年ごろ大阪の三九橋筋で開業した「天狗ずし」が、尾道の浮御堂小路角に引越してきたのが明治23(1890)年という。以来、焼き穴子、桂馬の厚焼きたまご、しいたけに、それぞれ小海老のおぼろ(*)で彩られた六切れの品良く飾られる箱寿司、そして尾道独特のあけ貝(あさりのむき身)と桂馬の厚焼きたまご、しいたけ、かんぴょう、穴子、おぼろ、三葉の7種類の具が入った太巻きの巻寿司の味は、四代目となって今年で50年目を迎える宮地信喜さんから五代目の息子さん宮地 準さんに受け継がれている。
そんな天狗寿司が尾道町で明治時代から引継がれてきた箱寿司・巻寿司の老舗になったのには、それなりの理由(わけ)があるはずだ。それを知るにはこのページをご覧んあれ

2020年7月6日月曜日

3台のピアノの尾道物語


Googleで「3台のピアノ」と入力して検索すると、モーツァルトやバッハの「3台のピアノのための協奏曲」が出てくる。そんな高尚なものは吾輩にとって文字通り「猫に小判」というもの。吾輩が書き込んだ「3台のピアノ」とは、彼らがどのようにして尾道に定住したかという尾道物語なのだ。
歴史ある都市や町では、さまざまな興味ある物件に遭遇することがある。例えば、どこにでもあるピアノではあるけれど、そんじょそこらにはないピアノもあるのだ。そんなピアノが吾輩の知るところでは、尾道に3台もある。<br />
1台は1899年(明治32年)製スタインウエイ&サン社のもので、1台は1906年(明治39年)製のベヒシュタイン社のもの、そして最後は1950年(昭和25年)製のディアパ-ソン社のものだ。3台のピアノの年齢を合計すると305歳。平均101歳を越している。
そんなピアノたちと尾道との関わりについて詳しい情報を掲載しているページはここですゾ。

2020年7月4日土曜日

尾道・持光寺のにぎり仏


尾道七佛めぐりの一つ、浄土宗 持光寺(平安時代に天台宗の寺として草創された)には国宝・絹本着色「普賢延命像」(1153)や江戸時代の女流画家・平田玉蘊(ぎょくおん)の墓があることで知られているが、もうひとつ有名なのが「にぎり仏」だ。
松岡昭禮(まつおかしょうれい)ご住職は、大の陶芸ファン。あるとき、ご住職が土に向かい作陶中、手に残った粘土が仏さまのお顔に見えた。これは一塊の土の中にも仏が宿っておられる証と思われ、寺内の「お庭窯」で焼かれたのが「にぎり仏」の始まりという。

2020年7月3日金曜日

尾道の日常遺産・久保小学校校舎解体の危惧


久保小学校は、明治6年(1873)に土堂町の天寧寺に置かれた小学温柔舎を起源にもつ。後に尾道尋常小学校となり、明治30年(1897)に現在の場所に校舎を新築移転する。その時の校舎は木造二階建ての建物だった。大正9年(1920)には久保尋常高等小学校と改称し、昭和8年に現在残る鉄筋コンクリート造の校舎を完成させている。当時の在校生の想い出によると、完成した当時は広島県一の校舎として評判だったという。
また、この久保小学校には、知られざるもう一つの尾道の日常遺産スタインウェイ・ピアノ(1899年製/明治32年)があることを知る人は少ない。全国的にみれば希少価値のあるピアノであが、尾道市では日常遺産とさえ認識されない、これこそ「猫に小判」の典型的な事例である。
久保小学校とスタインウェイ・ピアノ、二つの日常遺産が詳しく判るのはこのページだ

2020年7月2日木曜日

尾道の日常遺産・土堂小学校校舎解体の危惧


広島大学大学院工学研究院院工学研究科 助教 水田 丞の論文「尾道市立久保小学校・土堂小学校校舎について」(2020年3月5日)によると、「尾道市立久保小学校、土堂小学校の校舎は尾道の歴史文化を示す遺産、戦前の鉄筋コンクリート造小学校校舎の好例、そして地方都市の近代建築として、価値の高い建物といえる。」また「尾道市の中心部にあって現役の久保小学校、土堂小学校の校舎は全国的にみても貴重な存在である。」と指摘する。
尾道市は久保小学校と土堂小学校など三校を老朽化と土砂災害の危険性という理由から、この二つの建築物が解体される可能性が現実味を帯びている。しかし、老朽化と危険性という二つの理由は解決される問題であることがわかっているという。そして全国的には、廃校となった戦前の鉄筋コンクリート造校舎を別の用途に転用し、地域活性の起爆剤や文化発信の中心として再生した事例も多い。京都市国際マンガミュージアムは昭和4年(1929)に建築された旧龍池小学校校舎を再生した建物であり、京都芸術センターは、旧明倫小学校校舎(昭和6年建築)を再生したもの。神戸市にある北野工房のまちは、旧北野小学校校舎(昭和6年建築)を再生したものである。歴史都市・尾道の歴史遺産がまた消えていくのだろうか。
土堂小学校に関する水田 丞助教の一部の論文は、このページに載せてありますゾ

2020年6月28日日曜日

路地ニャン公のWEB SITEに、ある仕掛けが!


路地ニャン公のおのみちホッと情報のWEB SITEのトップページには、ある仕掛けがあることをお気付きの方は少ないのではないだろうか。大したことではないのだが、そろそろお披露目をしても良い時期かと……。

(1)弊社がJTB総合提携店(JTB代理業)であるため、画像中央のJTBロゴマークを単に載せているということではない。このマークをクリックすると、当然ながらJTBWEB SITEの尾道や鞆の浦、しまなみ海道沿線の宿泊施設の予約ページが最初に出てくるだけでなく、全国各地の宿泊予約が即座にできるということ。これにお気付きの方は、結構おられるのではないだろうか。

(2)次の仕掛けは、パソコンで路地ニャンHPを見ておられる方に限り、トップ画像の背景には黒白茶のまだら猫が映っているのが見えるはず。この猫、歩きたいが足が地に着いて動けずカラダだけがピクピク動いている、何だか変だなとお思いの筈。実はあることをすれば、ちゃんと歩き出し、その後、尾道町の昼の歓楽街・新開をスタート地点とし、吾輩が2019年の夏炎天下、腰に給水用の魔法瓶をぶら下げて、迷宮の尾道町に住む吾が猫族を訪ねて、路地や坂道を45時間さまよい歩き、撮影した涙ぐましい動画のほんの一部を編集し、鑑賞いただけるようになっている。それにはあることをしなければ観れないのだ。そのあることとは、トップ画面の半円の矢印に解決の鍵がある、としておきましょう。但し、動画15分か20分の覚悟が要りますゾ。

その路地ニャン公のおのみちホッと情報のトップページとはこれだ

尾道ラーメンの起源



ラーメンに個人情報保護法が適用されるとは思えないので、あえて吾輩・路地ニャン公が探偵となり入手した、「尾道ラーメン」の生い立ちにまつわる情報を公開しようと思う。
そもそも尾道で「支那そば」あるいは「中華そば」屋が誕生したのが1920年頃だといわれているが、定かではない。
現在もなお二代目が経営する老舗の中華そば屋は、終戦後の1940年代から50年代に開業したこと明確である。そのなかで全国的な知名度を得たのが「朱華園」で、食通で知られた作家の檀一雄(娘は檀ふみ)が、雑誌「旅」に寄稿した文章で、その人気度は推測できる。これはご当地ラーメンブーム到来以前の話だ。
そして、「尾道ラーメン」というその名付け親が誰か、その名を使用し全国的に広めた会社はどこか、など。「尾道ラーメン」談義はこのページでお読みいただける。

2020年6月24日水曜日

暁・舶来居酒屋


尾道は一週遅れのトップランナーになれると思っていたが、それも危うくなったと思っている。尾道町は、明治から昭和の時代にかけての代表的な建築物がどんどん消し去られていく。いまでは、非日常的な「尾道の日常」がどんどん失われ、全国的には文化遺産が、尾道では日常遺産とも認識されないまま、その存在が消されて行く。もはや、昭和の時代の重要な近代建築物は絶滅危惧種から絶滅というカテゴリーに書き込まれることが現実問題となったようだ。その現実を、改めて『暁・舶来居酒屋』を通して、コメントと写真を加えながら再考してみた。そのページはこれだ

2020年6月20日土曜日

夜の街・新開に聳える木製の電信柱


写真は、2007年4月15日まで尾道の歓楽街「新開」のど真ん中に聳え立っていた17mもある木製の巨大電信柱の一部だが、今は同一規格のコンクリート製電柱が愛想もなく立っている。路地ニャン公の旧WEBSITEに書き込まれていたこの記事を思い出し、再びこのNEW WEBSITEに復活させた。
改めて読み返して見たが、やはり尾道は先人たちが積み重ねてきた深みと厚みのある日常風景、その中で昭和の時代を構成した得難い建築物やパーツを惜しげも無くどんどん捨て去ろうとしている。その結果、尾道が特徴のない薄っぺらな風景のまちにどんどん変貌していることに気付くのだ。これが吾輩の取り越し苦労であれば良いのだが。一つの事例として上げられる、昭和の時代の日常にあったパーツをご覧いただけるのはこのページです。

2020年6月19日金曜日

薩谷和夫(映画美術監督)が描いた「尾道風景お便りセット」


フリーの美術監督としてスタートした薩谷和夫(1935-1993)さんが、初めて手がけた映画の第1作目が大林映画「転校生」だった。以後、尾道三部作をはじめ、大林宣彦映画監督との仕事が90%を占めた。彼は、尾道市民以上に尾道町の隅々を熟知されていて、まちの魅力を心の底から理解していた人だった。薩谷さんの描いたスケッチ画からは、尾道への愛情が溢れ出てくる。
このたび、以前書き込んでいたエントリー名「尾道風景お便りセット」の内容を若干加筆修正し、薩谷和夫さんが絵ハガキ用に描いてくださった12枚のすべてをご覧いただけるようにアップした、そのページがこれです。

2020年6月14日日曜日

尾道の廃墟ガーデン



尾道町には緑の公園は芝生ばかりで、尾道三山を別にして、心を動かす感動的なものといえば、神社仏閣の大楠か銀杏の木ぐらいのものか。しかし、楠や銀杏の木は、ときとして樹形のことも考えないでバッサリ太い枝を切り落とされる光景をよく見てきて、心を痛めていた。残念ながら、貧すれば鈍するで、美意識よりも都市力の低下による経済効率優先主義が横行しているのだろう。
そんなご時世ではあるが、この「尾道の廃墟ガーデン」だけは、いろんなご意見があるやも知れぬが今も健在で、春夏秋冬、十数年という長きにわたり、吾輩の飼い主の心をときめかしているようだ。その14年間の観察をまとめたページがこれです。

2020年6月11日木曜日

小さな庭の五月の花たち



最近、飼い主の口数が少なくなった、と心配した吾輩路地ニャン公は秘伝の術を使い、飼い主の脳細胞の中に分け入ってみた。その中は、自然災害の脅威、新型コロナウイルス、危機に直面した政治家リーダーたちの能力不足、人類の先行き不安、その他不満鬱憤、混沌とした世界が広がっていたが、そこは吾輩の飼い主のこと、「吾唯知足」という禅の世界への憧れも並存していて、どうやら自らの心を安寧の世界におき、「無事澄然」の境地を求めて長旅を始めようとしているように見えた。『その先に見えるのは日常というありふれた日々であった.......。』と、訳の分からぬ現実と夢の間を行ったり来たりしていたら、吾輩は目が覚めたらしい。こういうときは、庭に出て大きな欠伸をしながらグ〜ンと背伸びして花でも愛でよう。実際のところ、猫である吾輩が秘伝の術を知る由も無い。小さな庭の五月の花はこのページに載っていますゾ。

2020年5月31日日曜日

世界の視点から見た日本国の政治行政の危うさ


美辞麗句ばかり語り嘘をつく政治のリーダーたち、それとは真逆に、私利私欲なく世界に貢献した日本人も数多い。最近では紛争と貧困の国アフガニスタンで、身を挺して人道支援活動を行いながら兇弾に倒れた医師の中村哲(なかむら てつ1946-2019)、日本人初の国連難民高等弁務官などを歴任し、国際舞台で活躍された国際政治学者の緒方貞子(1927-2019)、彼らの行動と語る言葉は信頼に値する。
2020529NHKWEB特集 「危機対応で政治行政に問われるものは 国連 中満事務次長に聞く」を目にした。緒方貞子に学び、国連本部の事務総長、副事務総長に次ぐ事務次長ポストで軍縮担当上級代表として活躍している中満 泉(なかみつ いずみ1963 - )、その彼女がインタビューに応えて語る内容には、主権在民である一人の国民として耳を傾けるべきだろう。私たちは新型コロナウイルス後には、自律した「NO」といえる日本人でありたいものだ。中満 泉さんが語った内容は、このページでご覧ください。

2020年5月24日日曜日

スウェーデンから届いた便り

マリア・フォシュストローム

WEB SITE「北欧からコンニチワ(https://ameblo.jp/kattsingen/)」の里子ベルエル(Satoko Berger)さんは、スウェーデン在住36年で、中世、ルネサンス、バロックの舞踏が趣味。彼女は大の尾道ファンで来訪歴は数え切れない。ご主人のスヴェン ベルエル( Berger /音楽家)さんは、元イェテボリ大学の教授で古楽のパイオニア。お二人で古楽中心のCD製作会社 MUSICA REDIVIVA を経営されている。
また彼女から数年にわたり、スウェーデンの優れた音楽家たちを日本各地や吾輩の住む尾道にご紹介いただいた。その音楽家の中でも、尾道に数回にわたりお越しいただいたマリア・フォシュストローム(コントラ アルト)アンドレアス・エードルンド(鍵盤楽器奏者)のお二人が、今回バッハのマタイ受難曲からコロナヴァーションを演奏されたので、そのYOUTUBEをご紹介くださった。

2020年5月12日火曜日

尾道最古の画廊喫茶「孔雀荘」



尾道の昭和の代表的な近代建築のほとんどが尾道市所有のものだったが、そのほとんどが壊されてしまう運命にある。その理由は近代建築物の文化的価値の将来的な重要性を理解せず、スクラップ&ビルドという過ぎ去ったバブル期の価値観を未だに信奉するところにあるようだ。
そんな中、歴史を生かしながら後世に伝えていこうとしている心ある尾道市民も居る。尾道最古の画廊カフェ「孔雀荘」の後継者がなく閉店せざるを得なくなったという話を聞きつけ、1996年に広島から尾道に移住してきた一人の女性によって、その建物と精神が今も脈々と引き継がれている。
この「孔雀荘」を拝見できるのがこのページです。




2020年5月8日金曜日

小さな庭の四月の花たち



自然界では何事もなく季節はめぐっている。庭に美しく咲く花たちに毎日のように顔を合わせ「きれいだねぇ」と思っていると、吾が飼い主は心豊かになるという。なぜだろうか。
ハグをすると「オキシトシン」というホルモンが分泌される。オキシトシンはスウェーデンのほとんどの国民が知っているもの。それはオキシトシンタッチケアという、10分あまり肌(手や背中など身体)に直接他者の手を当てる「触れるケア」を数日間続けてもらうことで、脳内に幸せホルモン「オキシトシン」が分泌され、ストレスホルモンを抑制し痛みの緩和、認知症の人の乱暴な言動が減るなどの効果があるというもの。これは広島在住の脳外科医だったYさんが30年余り前に作った造語を赤瀬川原平さんが広めた「脳内リゾート」に通じるものだね。

2020年5月5日火曜日

尾道の路地をバーチャル散歩しよう!!


2020年4月7日、新型コロナウイルス感染拡大により日本の「非常事態宣言」が発出され1ヶ月経過した。しかし「接触機会の8割削減」の実現にいたらず、さらに概ね5月31日まで延長された。頼りない日本国民の一人である吾輩の飼い主は、何かお役に立つことはないかと考えていたようだが、何も思いつかぬまま今も日々を過ごしている。

2020年3月29日日曜日

ノーベル医学生理学賞受賞者の「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」




ノーベル医学生理学賞受賞者で京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥さんが、日本国民に向けて、新コロナウイスル情報発信をWEBサイトで開始された。なぜ、このWEBサイトを開設したか、山中伸弥さんは[プロフィール]欄で次のように語っている。
『幹細胞の研究者です。感染症や公衆衛生の専門家ではありません。しかし、国難である新型コロナウイルスに対し医学研究者として何かできないかと考え、情報発信を始めることにしました。自分でホームページを作るのは15年ぶりですが、頑張って最新情報を発信していきたいと思います。』

2020年3月11日水曜日

新店舗の串カツ「一口」



写真と文章だけでは、新店舗の串カツ「一口」の雰囲気をお伝えできないと思い、移転して1年くらい経った2019年11月のある日、「一口」のご主人の特別許可を得てビデオ撮りを行った。その後、吾輩にはチンプンカンプンなビデオ編集の研修を試みたが、講師から見れば「暖簾に腕押し」状態で、吾輩には有難いお経の如くに聞こえるだけで、脳細胞を右から左へ駆け抜けていく。まったく編集の知識が蓄積されないまま、終わってみれば臨場感あるお店の雰囲気が伝わってくるビデオに生まれ変わっていた。路地ニャン公のNEW WEB サイトで記念すべき最初の動画ですぞ!
講師の方に感謝しながらこのページを改めて公開する。

2020年3月8日日曜日

吾輩の飼い主の日替わりランチ



吾輩のご主人が元気でいるのは、どうやら朝食と昼食にあるらしい。朝はたっぷり時間をかけて10種類をこえる食材を使って調理し、食する。昼は、行き付けのお店でこれまたゆったりした時間と音楽にどっぷり浸かり、ヘルシーな日替わりの定食を楽しんでいることが元気の源で、それに天性の楽天主義か。これでは、現在進行中の医療革命の恩恵を受け、100歳を優に超える寿命が可能となるのではないか。「となると、いっそのこと生き方を全面的に変えてしまうか。」と吾輩のご主人の独り言。
吾輩の飼い主が日替わり昼定食を食しに通うお店と定食を密かにご紹介するのはこのページです

2020年3月2日月曜日

お好み焼いのうえ



かつては、と言っても今から22年前の土堂海岸通りは、尾道的風情のある通りだった。
それが行政の道路拡張計画による家屋の一斉セットバックや尾道駅前再開発で、どこにでもある、ありふれた通りになってしまった。そんな土堂海岸に今年3月で創業30周年を迎えるという「お好み焼き いのうえ」がある。この店内に入った途端、1990年代の尾道的風情のある世界に迷い込んでしまう。その雰囲気に少しでも浸りたいと思われる人に必見のページをご紹介しよう。

2020年2月11日火曜日

郷土味かけはし



尾道では徐々に質の高い料理を提供する若い料理人が育っている。その一つが、この「郷土味かけはし」のオーナー料理人だろう。2020年2月4日久々にこの店に行き、料理写真を撮ってきた。料理人のテーマは、「何度お越しになられても食べ飽きない料理を」。その写真をご覧できるのはこのページだ。

2020年2月6日木曜日

尾道の猫2-野良猫の貴公子



シンプルな白と黒でコーディネートされたロンゲの装い。まっすぐ見つめるオレンジ色の瞳が印象的だ。これはタダ者ではない!!
何ともの言えぬ高貴な品位をほのかに放っている。これはそんじょそこらの猫とは違う。猫の貴公子だ。

この野良の貴公子猫を一眼でも見たいというお方はこのページを覗くと良い。

2020年1月7日火曜日

表入口とその奥の角あたりの表情がこんなに違う、「昭和通り」



「吾輩は道である。名前はまだない」という道が最近多くなった。そんな中で小さな路地に名前がついているのは、その町に歴史があるということだ。それでは「昭和通り」という名の由来は?という質問にお答えし、路地ニャン公がこの「昭和通り」に更なる尾道の昭和の歴史をプラスしてディープに語った味の濃い路地解説、その後の激震!!「尾道町の内部崩壊」でリニューアル。

その内容をお知りになりたいお方は、このページを覗くと良い。

2020年1月5日日曜日

福袋付き尾道弁じゃ



吾輩・路地ニャン公は、自らの独断と偏見による浅知恵に従い、明治31(1898)年の尾道市制以前の「御調郡尾道町」とその隣接する地域にあえて限定し、そこで暮らすご高齢の方々に話ことばである「尾道弁」のヒアリングをちまちまと試みてきた。その結果が、ちょびっとまとまったので、大々的に「これが尾道弁じゃ」と公開した次第。皆さんはどれぐらい「尾道弁」が理解できたかな?なお、タイトルの福袋付きとは何かは、Websiteをご覧いただければお分かりになるはず。

収集した「尾道弁」は実に面白い話ことば。それを記載したページがこれです。

2020年1月3日金曜日

日本の猫3(世界遺産・石見銀山のある大森町の猫)



島根県大森町にある群言堂、そのショウーウインドウには存在感のある猫が居た。それはまさしく江戸時代の銀山を統括する威厳ある代官のようだ。そして「歩むは吾が道」とばかりの唯我独尊の猫や仲良し子よしの猫一族。世界遺産・石見銀山のある大森町の猫たちも個性豊かだ。

大森町の猫たちにお会いされたければ、このページをお開きください。

2020年1月2日木曜日

超スリムな家と複雑な6+2差路の防地口


歴史都市・尾道の証が防地口の複雑な6+2差路だ。そんな交差点だからか、毎日見ている風景だが、観てはいなかったのだろう。ある日突然、防地口の脇にあるこの物件が吾輩の目に飛び込んできた。思わずニンマリしてしまう家なのだ。超スリムな2階建の家屋が、脳細胞を活性化してくれる。

それを案内したのがこのページです。