ここ数日、スクリャービンという名前をラジオやテレビでよく耳にした。それは「3.11東日本大震災後の15年」としてNHKが企画した特集の一つ、釜石出身で奇跡的に家族全員で難を逃れ、震災後に作曲家スクリャービンの作品に出会ったことでピアニストとなる決意ができたという小井土文哉に焦点をあてた特集だったようだ。
ここ数日、スクリャービンという名前をラジオやテレビでよく耳にした。それは「3.11東日本大震災後の15年」としてNHKが企画した特集の一つ、釜石出身で奇跡的に家族全員で難を逃れ、震災後に作曲家スクリャービンの作品に出会ったことでピアニストとなる決意ができたという小井土文哉に焦点をあてた特集だったようだ。
パリャーソのライブコンサートinおのみち西國寺は来月の4月5日(日)
[尾道] JTB総合提携店(株)トラベルゼセッション、なかた美術館、喫茶オルタナ、香味喫茶はらいそ珈琲、きっちゃ初、尾道レコード、エントランス、紙片、古本屋 弐拾dB
[福山] スガナミ楽器本店、スガナミ楽器蔵王店
[三原] ワタナベミュージックラボ
パリャーソの桜月ライブコンサートの詳しい情報はこちらの路地ニャン公のWEBSITEをご覧下さい。
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広島県尾三地区(尾道市・三原市)で唯一となったJTB総合提携店
1992年に設立した株式会社ビサン ゼセッションが、1993年1月にJTB総合提携店(JTB代理業)を開業。1998年10月4日WEBSITE[路地ニャン公のおのみちホッと情報]を開設し、今も様々な情報を発信続けています。2023年10月17日に(株)ビサン ゼセッションの旅行部門と全スタッフを新会社である(株)トラベルゼセッションに移籍しJTB総合提携店(旅行業)として継承しています。今、新たなスタッフを募集しています。詳しくは路地ニャン公のおのみちホッと情報の公式サイトにアクセスください。
2023年12月に突然、骨髄異形成症候群という病魔に襲われ、体力と気力を失い本業とする創作活動だけでなく生活を支える美術教室を運営も中断せざるを得ない状態で2024年の一年を過ごしました。この間、彼の窮状を知った同級生たち、飲み友達、彼の描く作品に惚れ込んでいる人たち、ひとり、ひとりで「サントクさんを支えたいが、どうしたらいいのか」と心を痛めておりました。2024年12月26日15時、喫茶店でサントクさんを支えたいヒトこの指たかれで、初めて10 人の仲間(コアのメンバー)が集いました。そして[With三徳]というLineのグループが誕生し、やがて少し大きい[With三徳]応援団が誕生。この応援団が2025年2月3月4月と「サントクさん」の個展を実行する計画を立てました。2月には下記のようなチャリティー個展を開催します。彼の絵をご購入いただき、その収入を彼への支援金に充てることにしています。
詳しくは、下記の「路地ニャン公のおのみちホッと情報」のアドレスをご覧下さい。
画家・高田三徳
海辺の道路を尾道駅前から西に向かって車を数十秒走らせると、忽然と前方右手に鮮やかな若葉の緑の壁(Green Wall)が目に飛び込んで来る。尾道の街中にあるの廃墟が装う自然美の衝撃、まさに心を揺るがす。毎年、初夏の今頃は若葉の鮮やかな緑、秋の深まりの中では美し色の紅葉に変げする。この緑の壁(Green Wall)が、公共の空間を豊かにしているのは自然の力だ。
会期:2023年3月8日(水)→13日(月)
会場:福山天満屋6階 美術画廊/広島県福山市
上記の作品は、村上 選がモロッコのエッサウイラ の日常風景を描いたもの。モロッコ王国エッサウイラ (旧名:モガドール)は、マラケシュの西の大西洋岸の港湾都市で、2001年に旧市街が世界遺産に登録ている。
昨年(2022)11月23日、京都コンサートホールで行われたイリーナ・メジューエワのピアノリサイタルを収録した模様が、明日(2月22日)の水曜日午後19:30から21:10まで放送されます。
ラフマニノフが愛したビンテージのスタインウェイピアノを使用し、ラフマニノフ、スクリャービンの作品を素晴らしい演奏で、全ての観客を魅了した実に感動的なリサイタルです。
放送される曲目は、このアドレスでご覧いただけます。
2019年11月に県立尾道東高等学校創立110周年記念事業として、路地ニャン公の飼い主が最後の企画だとして手がけたのが、尾道東高等学校所有のベヒシュタインピアノ(1906年製)を使用したピアニスト イリーナ・メジューエワのピアノ演奏会だった。
路地ニャン公のWEBに掲載されたイリーナ・メジューエワは、必見のこのページへ。
クラブ「ロダン」と喫茶「ビクトリア」という二つのお店が一つの屋根の下で同時に尾道の歓楽街「新開」で産声を上げたのは、今から66年前の1956(昭和31)年頃だった。やがて「ロダン」と「ビクトリア」が統合され、新たに洋酒喫茶「ロダン貝の店」が誕生したのが1965(昭和40)年のことだ。そして、今もなお異彩を放つこの店は、まるでミュージアムの中にある洋酒喫茶「ロダン貝の店」といった方がお似合いだ。
その驚きの店内を吾輩路地ニャン公がご紹介するので、是非ともこのページをご覧ください。
2021年建築家・佐藤武夫設計の千光寺山展望台が尾道から姿を消した。1957(昭和32)年6月に大宝山(通称:千光寺山)山頂に建てられ、64年の間、多くの人々が尾道の風景を楽しんだ狎れ親しんだ建物だった。そして2022年、建築家・青木淳設計の新たな展望台が完成した。
1957年から1959年まで日本建築学会の会長でもあった佐藤武夫は、建築家として次のような言葉を残している。
瀬戸内の魚介類や野菜を目の前で揚げる串カツ「一口」の店主は、職人気質の山本明次さん。大阪から尾道に移り住み、この店を始めたのが1964(昭和39)年というから半世紀は過ぎてしまった。そして、2018年12月7日に今風の新店舗に移転し、親子孫の三代の揃い組で「一口」を盛り立ててこられたが、その初代山本明次さん(87歳)が2022年6月24日に他界されたという。大変、お世話になった人だけに、ことさら残念だ。初代山本明次さんの旧店舗での記憶を辿り、
少しばかりの拙文を認めたのでお目通しいただければ幸いだ。
鳥取県にるのは、はわい温泉(旧称:羽合温泉)。尾道にあったのはハワイ温泉で創業が1973頃。一年という短い期間で、その後は業態変化で今でいうラブホテル。しかしそのホテルも3〜4年も続かなかったらしい。今ではアイビースタイルの廃墟として半世紀という長寿を全うし、まだまだ健在...... だが、1970年代のコンクリート建築は海砂を使っているので耐震性が極めて悪い。どうしたもんでしょうかね。時代錯誤最先端を行くスクラップ&ビルドがお得意な尾道市だから妙案が出てくるのでは......。
ハワイ温泉の廃墟について詳しいのは、このページです。
いつも変わらぬ日常風景。
ある日、当然、その風景が変わった。築100年を来年迎えるはずだった山波町にあった国登録有形文化遺産で煉瓦造りの「山波変電所」が、日本遺産の都市・尾道市で解体された。2022年2月のことだった。
なぜそのようなことが起きたのか。
歴史都市といわれてきた尾道市とは?
歴史都市とは?
日本遺産の都市とは?
ここ30年の尾道市はどのように変わったか。
それで尾道は豊かになったのか?
尾道の将来はどうなるのか?尾道を愛する人々に問いかける。
詳しくはこのページをご覧ください。